佐賀藩の政治の中枢を忠実に再現した「佐賀城本丸歴史館」

佐賀城は、かつて龍造寺氏の居城だった佐賀龍造寺城(村中城)が江戸時代の慶長期にさらに普請(改修と拡張)されて生まれ変わったお城です。計画したのは鍋島直茂で、実行したのは息子の佐賀藩主・鍋島勝茂です。

お城は最大幅80mの内堀が東西南北を約800mに渡って取り囲み、立派な天守閣も作られました。

その後、本丸の天守閣は1726年(享保11年)の享保の大火で焼け落ちて以後、再建されないままになっています。

しかし、そのかわりに、政治機能などを集約した本丸御殿が10代藩主の鍋島直正の時代に1838年(天保9年)に完成しました。

現在の佐賀城の本丸跡には、その建物を復元した、佐賀城本丸歴史館が建っています。

45mもの長い廊下を外から

日本初の本丸御殿復元施設「佐賀城本丸歴史館」

佐賀城の本丸は、佐賀の乱で反乱軍に攻められ、政府軍が撤退するほどの攻撃を受けますが本丸御殿は焼失は免れました。反乱軍も、自分たちのお城に火をかけるような真似はしなかったんでしょうね。

その後、建物の大部分はなくなりますが、本丸御殿の一番奥にあった藩主の居間「御座間」は水ヶ江大木公園に移築されます。

そして、「佐賀城本丸歴史館」として本丸御殿が復元される際に、「御座間」は元々建っていた場所に里帰りという形で戻ってくるのです。

全景図。
出展:佐賀城本丸歴史館HP

正確に再現された建物

「佐賀城本丸歴史館」は、佐賀城本丸御殿のうち一部を復元し、現存していた「御座間」を移築してドッキングした施設です。

復元のために発掘調査や絵図・差図・文献資料・古写真、類例建物からの研究が行われました。

そして、展示スペースとして広い空間が確保できる建物を、正確な当時の姿として蘇らせています(延床面積2500平方メートル)。その大きさは当時の約3分の1ぐらいでしょうか。

復元の資料となった、佐賀城御本丸差図
出展:佐賀城本丸歴史館HP

藩主などが利用した「御玄関」から応接間の「御式台」へ

「佐賀城本丸歴史館」の入口は、藩主などの特別な人が利用していた「御玄関」です。玄関の脇には24ポンドカノン砲などが置かれ、美しい破風を持った玄関に風格と重厚さを加えてくれています。

表玄関

中に入って正面の部屋は、応接間や行事を行っていた「御式台」です。

現在は、現代版寺子屋(パソコンコーナー)として、佐賀藩幕末維新ゲームや佐賀城古絵図アルバム、歴史探訪などが楽しめる場所になっています。

45メートルもの畳敷きの長い「廊下」

そして御式台の先には、45メートルの長さがある畳敷きのながーい廊下があります。歴史ファンなら吉良上野介と浅野内匠頭ごっこをしたくなるような見事な廊下です。

畳の香りも心地よく、縁側もあるのでのんびり昼寝でもできたらいいのにって思います。

和を感じる廊下

320畳の大広間「外御書院」

廊下の突き当りには佐賀藩の名家小城家・蓮池家・鹿島家の部屋である「御三家座」があり、写真や資料などで佐賀城の変遷や復元過程を紹介しています。バーチャル佐賀城もあります。

そして、廊下に面していた部屋は一之間・ニ之間・三之間・四之間と廊下を合わせて320畳という大空間。

ここでは、お世継ぎのお披露目や幕府からの贈答品のお披露目など、佐賀藩の公式行事が行われていて、1838年の本丸御殿完成時には1000人の家臣が集まったそうです。

みんな正装でバシッと決めて、藩の新しいシンボルの完成を祝うってのは、さぞかし壮観だったでしょう。

当時の建物を移築した「御座間」

「外御書院」から南に突き出して連続して建物が並びます。

家臣が控えの間として使っていた「屯之間」(たまりのま)は「佐賀城の復元」(約20分)、「雄藩への道」(約17分)、「幕末佐賀藩の歴史遺産」(約8分)の映像が見られます。

御三家との面談や側近たちとの会議が行われていた「御小書院」は特別展示室として企画展示を行っています。

そして、当時の建材が使われている「御座間」にたどり着きます。

御座間

ここは、使われている木の古さを見て、ほかの本丸御殿との違いが楽しめます。また、突き出した場所にあるので、人があまり来ず、しずかーな時が過ごせます。

部屋から庭の松を眺める風流

佐賀の偉人や佐賀が進んでいた証が見られる「御料理間」

また、「外御書院」に戻り、東の端へと進むと「御料理間」へと行き当たります。

かつて家臣や藩外の人たちとの対面や、食事の場所として使われていた場所は、今は日本の近代化の礎を築いた佐賀藩の偉人たちや科学技術を紹介する展示スペースになっています。

蒸気車のしくみや電話器、種痘の図など、日本がどんどん諸外国からの文明を受け入れ、発展していった頃の様子がイメージできます。

建物の外にも見所が

建物を見終わったら、外にも見所があります。外面が石垣で内側が土塁の「西側土塁石垣」。西側土塁石垣の下を潜る水路と、そこに続く赤石を用いた当時の水路「石製樋管と赤石積水路」。西側土塁石垣の南端にあり、切り石による「亀甲乱積」という手法で積まれた「南西隅櫓台」が見られます。

「西側土塁石垣」

また、本丸の北西の角にはかつて天守閣が建っていました。五階建ての天守閣は書院造の立派なものでしたが、享保の大火で焼失して以降、再建されないままです。

天守閣の土台を本丸の外から撮影

藩を立て直したスーパー藩主・鍋島直正の銅像も

さらに、本丸の表門「鯱の門」から外に出てすぐの場所には、10台藩主鍋島直正の銅像が立っています。

直正は、財政破綻状態だった藩の財政を、役人5分の1削減、借金の8割の放棄と2割の50年割賦という大ナタでもって改革した人物。

さらに、産業育成・交易で財政改善。優秀な人材登用による教育改革。小作料免除による農村復刻。精錬方と反射炉という科学技術を導入し自藩での西洋式大砲や鉄砲の製造。三重津海軍所を設置して蒸気機関や蒸気船(凌風丸)製造。天然痘ワクチン導入による日本の天然痘根絶の礎など、その有能さはスーパーです。

銅像は昔からあったのですが、1944年(昭和19年)に戦争用の素材として供出され、2017年に再び佐賀の地に立つことになりました

鯱の門の前庭に立つ銅像

まとめ

「佐賀城本丸歴史館」と周辺スポット、これだけ見られてここが無料というのは驚きです。

お隣の県立佐賀博物館・美術館も無料ですし、ちょっとお金に余裕がない旅行の場合、佐賀城跡の無料施設で佐賀の歴史に触れてみるのはいかがでしょう。

■施設情報

・名称:佐賀城本丸歴史館

・料金:無料(募金の協力をお願い)

・住所:佐賀県佐賀市城内2-18-1

・アクセス:バス停佐賀城跡から徒歩1分

・営業時間:9:30~18:00

・定休日:無休(年末年始12月29日~31日は休業)、その他臨時休館あり

・電話番号:0952-41-7550

・駐車場:無料145台